若林志穂ヌード『天までとどけ』でイジメられていた長女

      2018/08/08

TBS系で放送されていた人気の昼ドラマ『天までとどけ』シリーズや『大好き!五つ子』シリーズなどで活躍した元女優・若林志穂さん。

ある事件をキッカケに女優業を引退。

長く芸能界から離れていた彼女が、某雑誌で8年ぶりに公の場で語ったこと…

それは、出演していた人気ドラマ『天までとどけ』の現場で、陰湿なイジメを受けていたという衝撃の内容でした。

Brutal House

『天までとどけ』の共演者らから受けた陰湿なイジメ

「実は、これまで私は『天までとどけ』の出演者、あるいはスタッフさんにイジメられてきたんです。」…と重い口を開き語り始めた彼女。

若林志穂さんが共演者からイジメを受けていたことを告白した出演ドラマ『天までとどけ』は、

TBS系『愛の劇場』枠で、昼の13時から13時半(月~金)に放送された13人きょうだいの大家族がおりなすホームドラマ。

1991年から1999年まで放送され、パート1~5の平均視聴率13.1%。最高視聴率19.0%を記録した人気ドラマでした。

(オープニング曲『涙くんさよなら』を歌っていたのは、2008年に都内のアパートで゙孤独死゙していた事が週刊誌で報道された元アイドル・川越美和さん)

なぜ、彼女がこれまでの沈黙を破り今回突如としてイジメを告白したかというと、

『天までとどけ』のメンバーが、TBS系トークバラエティ番組『爆報!THEフライデー』で再会するニュースの記事を目にしたことがキッカケ。

記事では「今夜、みんなが集合する」と書かれていたのに、若林さんには出演オファーがないどころか、そもそも長女役の「待子」などいないかのような番組作りだったと言います。

番組内で再会する兄妹を目の当たりにし、「20年近くたつのに、今だ゙除け者゙にされイジメられている」…と感じたのか、彼女は、長年うちに秘めてきた苦い思いをこのタイミングで告白しようと思ったようです。

撮影現場での盗難事件

そもそも、なぜ彼女はイジメられるようになったのか…?

ことの発端は、ドラマのパート3で撮影現場で起こった「盗難事件」でした。

当時、ドラマの現場で物が無くなる事が多発。

母親役の岡江久美子さんとスタッフたちは、あやしいと思われる子のカバンを調べようと言う話になり、

子供たちのまとめる長女役ということで、若林さんがその子のカバンを調べたと言います。

そうすると、案の定なくなったフェイスパウダーが出てきたそう。

スタッフやプロデューサーらは「その子の将来の事を考えて」表ざたにはせず、盗難事件はそこで〈うやむや〉になったそうですが、

5年後のドラマの最終シリーズ・パート8の打ち上げのとき、彼女はスタッフからショッキングな言葉が投げかけられたと言います。それは…

「お前、人のものを盗んだってね。」「みんなコイツが泥棒かと思って撮影してきたんだよ。」

何故か、彼女が盗難事件の犯人にされていたのです!

さらに、周りにいた兄妹役の子らは「盗難事件」の事情を知っているのに、誰も否定してくれなかったことに彼女はショックを受けたと言います。

「その瞬間、これまで1つ1つ築いてきた『天まで』の8年間は何だったのかと…。裏切られた気持ちでいっぱいになりました。私は人のモノを盗んたこともないのに、そんな終わり方ないでしょって。」

「ドラマの設定は(あたたかい)家族なのに、何でここまで温度差があるんだろうと思いました。」と、悲しみの中ドラマが終了。

そして、その2年後。人生を変える「ある事件」が彼女を襲います…。

「殺人事件」を目撃しPTSDを発症

2001年8月26日の午後1時ごろ、東京都世田谷区の商店街で、刃物を持ってうろついていた50代の男に職務質問しようとした三軒茶屋交番の警部補が、胸などを刺され死亡。

犯人の男も警部補が発砲した拳銃の弾が命中し、病院に運ばれたが間もなく死亡した事件がありました。

その現場に、ちょうど舞台の稽古場に向かっていた若林志穂さんが、犯人に至近距離で遭遇。

凄惨な殺人現場を目撃した事にショックを受けた彼女は、精神的に不安定となってしまいPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症。1年ほど芸能界を休止することになります。

その後、彼女は事務所を移籍し、病院に通いながら女優業を再開しましたが、2008年に『天までとどけ』で共演した2番目の弟役だった金杉太朗さんが事故死したショックでPTSDを重症化させてしまい、

彼女は所属事務所に契約解除を申し入れ、2009年に芸能界を引退する事になりました。

五郎からのイジメ

若林志穂さんが主にイジメを受けていたのは、五郎役だった須藤公一さんみたいですね。

いつも彼女に突っかかっていたみたいで、きっと彼が周りのスタッフらにある事ないことを吹聴していたのでしょう。

若林さんは、ドラマ関係者の取りまとめ役をしていた五郎から「『天まで』関係者らと食事会がある」と連絡があり出席すると、

みんなのいる前でプロデューサーから「コイツ、頭がおかしいから」とバカにされたと言います。やはり、そのときも周りは助けてくれる事は無かったそう。

(五郎め、彼女をみんなの前でさらし者にして楽しんでるんだな!)

その後、再び五郎から食事会の連絡があり、そのときは「普通の食事会」と思い病気の治療を優先し断ったところ、その食事会は実はドラマ20周年記念の大きなパーティーだった事を後になって知ることに…。

(五郎め、大切なパーティーだとわざと教えなかったな!)

当日、みんなが集まっているところに電話すると、父親役の綿引勝彦さんに「なにやってんだ!脚本家の方も目が見えてないのに来ているんだ!」だと言われたそう。

電話で他の人とも話していた途中なのに、なぜか五郎に電話をプツッと切られたと言います。

(彼女に教えなかった事をばらされたくなかったからか!?)

2011年の東日本大震災のときには、ドラマの監督から五郎に兄弟の安否を確認するように連絡があり、そのとき彼から来たメールには「みんな待子(若林)のことが嫌いだから」と書かれていたそう。

(五郎め、何故そんな大変な状況のときに、そんな事言うかね!?彼女を精神的に追い込みたいからかっ!?)

そんな数々の〈嫌がらせ〉を受けたことで、お酒の量も増えてしまい体調の方も悪くなったことが多々あったと語っています。

彼女の話全てを鵜呑みに出来ませんし、若林志穂さんも繊細すぎで精神的におかしな面もある気がしますが、イジメられていたのは間違いないようですね。

若林志穂ヌード画像

1999年の28歳ときにヌード写真集『S』を出している若林志穂さん。

現在45歳のお顔を見ると、同一人物とは思えませんねぇ。酒や薬のせいでしょうか…?

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