愛人&不倫関係だった熟女芸能人エロヌード【画像】

      2018/08/12

一流芸能人に『愛人』は付き物…。

不器用な国民的俳優や海外で映画監督として評価される大御所お笑いタレント、

関西の重鎮有名落語家、外国人のトップ格闘家など…

そんな大物たちと『愛人』&『不倫』関係だった女性芸能人の熟女ヌード画像を紹介!

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祥子|パトロンに援助を受けていた謎の美女

『週刊ポスト』の人気グラビア「謎の美女シリーズ」の誌上でみせた、

はかなげな表情と妖艶な裸体で読者のオジ様たちを魅了し話題になった30代熟女・祥子(しょうこ)さん。

2015年に発売した初写真集『祥子~愛にゆく人』は、新人タレントとしては異例の2万2000万部という販売部数を記録。

その大人な色気から「第2の壇蜜」「ポスト壇蜜」と呼ばれるようになります。

そんな彼女ですが、女優になるため地元の熊本から上京しアルバイトで生計を立てていましたが、

舞台の稽古で長期間休むことが多いことから生活が苦しく〈年上のパトロン〉に援助してもらっていたんだとか。

彼女が25歳のとき、その男性はなんと65歳!実に40歳の年の差!

彼女によると、彼から9000万円ある通帳を見せられ、誕生日には好きなモノを買ってもらったり、国内旅行に行ったり、

同じ年代の男性には出来ないいろいろな体験をさせてもらったと言います。

夜の生活も「力任せで攻めてくる同年代の男性とは違い、年上は技術があるし優しく可愛がってくれる」から、熟年男性の方が彼女には合っていたそう。

しかし、「たまには若い荒々しい若い男性に抱かれたい」…という願望もあったと語っています。

濱松恵|大物俳優たちが戦々恐々とする不倫キラー

お笑い芸人の狩野英孝さん、俳優の川崎麻世さん…など、

数多くの芸能人たちと浮名を流し「不倫キラー」と呼ばれるモデルで女優の濱松恵さん。

そんな彼女ですが、東京03の豊本明長さんや元・光GENJIの大沢樹生さん、「本能寺の変」のダンスで知られるエグスプロージョンのおばらよしおさんらとは避妊せず「中だし」されたことを暴露。

高校のときの初体験の相手も人気6人組アイドルグループの最年少メンバーだったとか。

学校は堀越学園だったので、それからも沢山のアイドルや俳優たちと数多く関係を持ったそう。

しかし、そのために「ヤリマン」「病気持ち」などと噂され、学校に居づらくなり退学したと語っています。

彼女は格闘技好きなこともあり、格闘界の外国人世界王者たち…

ジェロム・レ・バンナ、ピーター・アーツ、ニコラス・ぺタス…なんかともSEXしたそう。

ピーターやバンナのチ○コは小さく、おばらよしおの方が大きかったと写真週刊誌に暴露。

しかし、こういう秘め事を暴露された男性芸能人たちも堪ったものではないでしょうね。

まぁ、不倫しているんだから何も言い訳できませんが…。

その他にもアンジャッシュの渡部健さんや、関ジャニの渋谷すばるさんらとの交際の噂もあります。

彼女の「売名テロ」に怯える男性芸能人たちはまだまだいることでしょうね。

細川ふみえ|ビートたけしも虜にしたムッチリ裸体

元・グラドルの細川ふみえさんとビートたけしさんとは、彼が日テレでMCをしていた『スーパーJOCKEY』(1983年~1999年)で共演し、

彼女が所属事務所から冷遇を受けていた事をたけしさんに相談するうちに愛人関係になったよう。

彼女がたけしさんの別宅を訪ねたところを写真週刊誌『FOUCUS』に撮られたり、

1994年に原付バイク事故を起こし生死を彷徨ったときは、細川ふみえさん宅から帰る途中だったとも言われています。

しかし、彼女はたけしさんとの関係について、

「私のことは友達だといってくださったことはあります」と、彼とは「友達」だとし、愛人関係を否定。

ただ彼女によると、たけし軍団は関係が噂になったときから細川さんの事を「はれ物」に触るように話しかけてこなくなったと言います。

(ダチョウ倶楽部は変わらず気さくに声を掛けてくれたそう。それが救いだったと語っています)

君子危うきに近寄らず…

そりゃ、師匠の愛人と仲良くしているところを見られて嫉妬でもされたら、芸能界から消されてしまいますからね。

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児島美ゆき|健さんが溺れたGカップボディー

2015年に、プライベートが謎に包まれた昭和映画界の大スター・高倉健さんと「愛人関係」だったと週刊誌に驚きの告白したのは、

60歳を超えても尚Gカップ巨乳をアピールする熟女優の児島美ゆきさん。

彼女は1970年代に人気映画/ドラマ『ハレンチ学園』で柳生十兵衛役を演じ、一躍セクシータレントとして人気になりました。

そんな彼女が高倉健さんと出会ったキッカケは、俳優の田中邦衛さんからの一本の電話。

倉本聰脚本のドラマ『北の国から』でホステスのこごみ役を演じた児島美ゆきの演技を健さんが褒めているという。

その場にいた健さんが電話に出て「こごみ役がとても素敵で応援しています。頑張って」と言われたそう。

その数日後に「映画の撮影が終わったからお目にかかりたい」と電話ががあり、迷った彼女は倉本さんに相談したところ

「(それは)゙こごみ゛に対していったていること、児島美ゆきに会ったら幻滅されるだけだから止めなさい」と言われ一度は断ったそうですが、

数日後また電話があり、驚くことに今度は彼が直接彼女の自宅までやって来たと言います。

その後の2人は急速に接近。

お互いを「ミッキー」「剛ちゃん」呼び合う仲になり、83年頃から約300日ほど半同棲生活をしていたと告白しています。

(剛ちゃんというのは、高倉健さんの本名からきています。男女の仲になったデートの別れ際に彼が「これから僕のことを゙剛ちゃん゙と呼んで下さい。本名は小田剛一ですから…」と言ったそうです。)

高倉さんが52歳、児島さんが31歳のときの熱愛です。

しかし、2人の関係が芸能関係者にバレたことで高倉さんから

「しばらく会えないんだよ。僕も待つから1年、待ってくれないか?」と児島さんは言われたそうですが、彼からそれっきり連絡が来ることは無かったと言います。

当時の彼女はその事について…

「この人は世間体が大事で、私を捨てた」「彼を恨んで恨んで、恨み続けてきたんです」「私を振った、ひどい男」などと語り、相当根に持っていたようです。

児島さんはその他にも、初めて結ばれた夜のことや膝枕をしてあげたら健さんが「幸せだなぁ。こんなに幸せでいいのかなぁ…」と泣きだした。…など、

高倉さんのイメージを崩しかねないエピソードまで暴露し、高倉さんを敬愛する映画関係者から怒りを買ったみたいです。

2003年に発表したヌード写真集も彼への復讐のためだったと言います。あ~、女は怖い!

しかし、それから30年が経ち彼の立場を理解し「あなたの気持ちを分かってあげられなかった」というわび状を送ったそうですが、その直後に高倉健さんさんの悲報が届いたといいます。

高倉健さんは彼女と別れた後に熱愛報道はなく、児島美ゆきさんが「最後の愛人」だと言われています。

紫艶|文枝に全てを捧げた演歌歌手

上方落語界の大御所・桂文枝(元・桂三枝)と20年もの長きに渡り不倫関係にあったと言う

元・演歌歌手の紫艶(しえん)さん。

文枝さんと知り合ったキッカケは、彼が司会をしていた『吉本演歌歌謡曲選手権』に彼女が出場したときだと言います。

その時の彼女の年齢は18歳、彼が52歳。未成年と中老という歳の差…まさに禁断の関係でした。

「私が親密になった男性は生涯、師匠だけ」と語っており、彼女が18歳という年齢から考えると「処女喪失」したのも彼だと考えられます。

2人は出会って数か月後には同棲を始め、互いを「ひろりん」「ぱぱりん」と呼び合う仲に…。

紫艶さんは文枝さんから『愛人手当』として、お金を月に約20万円をもらっていたそう。

これは彼女が東京の芸能事務所に移籍し、仕事が軌道に乗りお金の振り込みを断るまで6年間続いたそうで、その額は合計で1300万円以上になったと言います。

そんな2人の関係が公になったのは、不倫現場の写真の流出によるもの。

彼女によると「フェイスブックにアップしたとき知人だけに公開したはずがパソコンの不具合で流出してしまった。」…そうですが、

しかし、その流出は芸能関係者によると「文枝さんとの別れ話がもつれて、彼女がワザと流したのではないか」…と言われています。

その後の彼女は芸能界を引退し、都内でホステスをしていると言います。

彼女は文枝さんに対し「私は所属事務所を辞め、大好きなグラビアも歌も諦め引退し、すべてを失いました。なのに師匠は不倫の責任を負わず、逃げ続けるのでしょうか」と、恨み節を語っています。

荻野目慶子|2人の映画監督を惑わした魔性の女優

「不倫」と言えば、荻野目慶子さんでしょう。

2人の年上映画監督を妖艶な魅力で惑わした魔性の女…。

1990年の4月3日、女優の荻野目慶子さん(当時25歳)は地方ロケから帰宅すると、

当時不倫関係にあった映画監督の河合義隆さん(当時43歳)が彼女の自宅のキッチンとリビングの間にあるドアノブにマフラーを掛け、

亡くなっているのを発見したと言います。

2人は事件の5年前にドラマ『幕末青春グラフィティ・福沢諭吉』で知り合い、

彼女に演技指導しているうちに親密な関係に…。

彼が彼女のマンションに通い詰めるようになると、その関係が奥さんの知るところとなってしまい修羅場と化してしまいます。

そのことで荻野目さんの方から別れを切り出したところ、この悲劇が起こってしまいました。

今回紹介している荻野目慶子さんのヌード画像は、河合監督が生前に撮影した『SURRENDER』(1992年)から。

この撮影場所は、2人が愛を育み、彼が最後を遂げたマンションの室内だと言います。

そんなスキャンダル性もあったからなのか、この写真集は30万部のヒットを記録しています。

そして、彼女に惑わされ魅了されたもう1人の愛人は、映画『蒲田行進曲』や『バトル・ロワイヤル』で知られる監督・深作欣二氏。

2人が不倫関係になったのは、河合監督が亡くなった事件の悲しみも冷めやらぬ約1年後、

映画『いつかギラギラする日』の監督とその映画のヒロイン役という関係から、撮影を期に付き合うようになったと言います。

その年齢差は、なんと35歳!

河合監督との年齢差も17歳ですから、彼女はかなりの年上好き、「ファザコン」なのでしょうね。

ただ、その関係は深作監督から半ば強引に始まったとも…。

彼は、荻野目慶子さんと付き合っていた時にガンに侵されていましたが、

男性機能を失わない為に、がん治療に有効と言われる女性ホルモンの投与を断っていたと言います。

そのことで周りからは「深作監督は愛人との関係を命より優先させた」と囁かれたそう。

2人の不倫関係は監督が病死するまで、約9年半のあいだ続いたと言います。

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