篠山紀信がヌードにした女優たち【平成編その1】

      2018/08/08

これまで写真家・篠山紀信氏が昭和時代に脱がしてきた女優たちを3弾に渡り紹介してきましたが、今回からいよいよ平成編に突入!

『平成』という新しい時代に入ると日本の女性のヌード写真に『ヘアヌード』という大変革が訪れ、ヌード写真集の一大ブームが起こります。

そのブームに火を付けたのは、ある2冊のヘアヌード写真集の発売がキッカケでした…。

※紹介する画像は、必ずしも篠山紀信氏の作品とは限りません。

(関連記事ー篠山紀信がヌードにした女優たち【昭和編その3】もどうぞ。)

青山知可子|ヘアヌード夜明け前の美しすぎる巨乳裸体

週刊誌『週刊朝日』の女子大生シリーズ『紀信の表紙写真館』をキッカケに女優デビューした青山知可子さんの美しすぎる巨乳ヌード。

ヌード写真集は、『激写文庫19 青山知可子 亜熱帯』(1989年)と『熱帯性気候 青山知可子』(1990年)の2冊を出版。

彼女のヌードは、まだ〈ヘアヌード解禁直前〉ということで残念ながら陰毛が写った写真はありません。

でも、そんな事どうでもいいんです!

彼女の魅力は迫力のあるオッパイなのですから!そうでしょ!?

彼女の人気は、今は無き雑誌『GARO』後半のヌードグラビアを支えたとも言われています。

そんな青山知可子さんは、現在も女優として活躍中。

最近では、阿部サダヲさんと深田恭子さんが主演のTBS系ドラマ『下克上受験』(2017)に出演していたようですね。

樋口可南子|ヘアヌードを解禁させた歴史的ヌード写真集

1991年。ここに〈日本ヌード写真〉に歴史的一ページが刻まれます。

女優・樋口可南子さんが33歳のとき、『Water fruit』(1991年)を発表。

この作品には、日本のヌード写真ではこれまで規制のため撮ることが出来なかった「女性のアソコの毛」が写しだされており、彼女の写真集により事実上、日本で〈ヘアヌードが解禁〉された事になります。

樋口可南子さんのヘアヌード写真集は発売されるなり爆発的に売れ、発行部数は2003年6月までで約55万部。(歴代の発行部数3位)

この作品がベストセラーになったことで、空前の「ヘアヌードブーム」が巻き起こることになります。

このムーブメントを起こした張本人と言っていい篠山氏ですが、彼は「ヘアヌード」と言う言葉は大嫌いだそう。

あるインタビューで「『ヘアヌード』ってどこにあるの!?マスコミが売らんがためにでっち上げた新商品名でしょう?僕はヌードに『ヘアヌード』って言葉は一度も使ったことがない」と語っています。


かわいい女性や綺麗な女性が、本気でSEXする姿を無修正で。

宮沢りえ|歴代1位のヘアヌード写真集

宮沢りえさんのヘアヌードの衝撃たるや例えようがありませんね。

それは、写真集発売の1か月前。

朝何気なく新聞をめくると、当時絶大な人気誇っていたアイドル・宮沢りえさんが壁にもたれ掛かり、両手でアソコを隠すモノクロのヌード写真が前面に突然現れたんですから!

いまはトップシークレットにしようとしてもどこからかその情報が洩れ、それがSNSで一気に拡散し知れ渡ってしまう時代ですが、あの頃はポケベルが普及し始めたくらい。

まだ、みんなが同じタイミングで驚く事が出来た時代でした。

イヤ~ホント美しかった!神がかっている…という言葉がピッタリの素晴らしいヌード!

きっとその日、写真集の発売を待てない多くの男性たちが家族にバレないよう新聞広告の1面をこっそり自室に持っていき、それをオカズにオナニーしまくった事でしょうね。

かく言うわたしもその一人です。(笑)

樋口可南子さんのヘアヌード写真集で事実上『アンダーヘア』が解禁。その衝撃も冷めやらぬ同年に発売されたトップアイドル・宮沢りえさんの『Santa Fe』(1991年)。

発行部数は155万部にも上り(2003年6月までの集計で165万部)、日本の歴代写真集売り上げ1位を記録します。(2位以下、菅野美穂『NUDITY』(1997年)が80万部、樋口可南子『Waterfruit』(1991年)が55万部)

この写真集の発売が〈90年代のヘアヌードブーム〉に拍車を掛けることとなります。

サンタフェ撮影までの経緯

篠山紀信氏と言う男は、とにかく女優や女優タレントに合うと「脱いでみます?」と声を掛けるんだとか。

そんなある日、りえママに会った篠山氏は冗談で、「りえちゃんも18歳になったんだからヌードでも撮ったらいいよな」と言うと、「連休明けかな。撮るんだったら」と彼女の予想外の返答に彼はビックリしたと言います。

仕事に関しては全てりえママが決めており、なんと!撮影当日までヌードになる事をりえさんは知らなかったそう。そして、りえさんに母親が「ヌード撮影」だという事を教えていないことに、篠山氏もショックを受けたと語っています。

なので彼は、4日間あった撮影期間の始めにいきなり彼女に「ヌードになって」とは言えず、始めは服を着た状態で撮影をしていましたが、りえママに「こんなの撮りに来てるんじゃないわよっ!」と怒られたと言います。

当時の宮沢りえさんの年齢は18歳。(撮影時は、17歳10ヶ月くらい)

そして、『処女』…だったとも言われています。

篠山紀信氏は、そんな少女が何も知らされずヌードになったので、「撮った(ヌード)写真を使いたくなければ使わないという感じでホテルの壁に貼りだしていった」と、後に宮沢りえさんは語っています。

(関連記事ー10代の美少女のときにヌードになった女優たち【画像】もどうぞ。)

 - 女優 , ,