篠山紀信氏がヌードにした女優たち【昭和編その2】

      2018/08/08

半世紀に渡り女優たちを視姦、もとい撮影してきた写真家・篠山紀信氏が、これまで脱がしてきた女優たち…。前回の篠山紀信がヌードにした女優たち【昭和編その1】に続き、今回も昭和の時代にヌードを公開した女優たちを紹介!

※紹介する写真は、必ずしも篠山紀信氏の作品とは限りません。

手塚理美|少女だったヌードに触発

写真家・沢渡朔氏が女優・手塚さとみさんをモデルに発表したヌード写真集『少女だった』(1981)に触発され、篠山紀信氏は翌年に同じく手塚理美さん(゛手塚さとみ゛から゛手塚理美゛名義に変更)をモデルに『四色の花火』を発表します。

沢渡朔氏と篠山紀信氏は日本大学藝術学部の同期なので、対抗意識があるんでしょう。

「自分は同じ被写体を使って、もっと良い作品が撮れる」と言いたかったのでしょうかね?

篠山紀信氏は、このとき20歳だった手塚理美さんを、1年かけ日本各地で撮影。

沢渡朔氏がニューカレドニアで撮影した小麦色に焼けた彼女とはだいぶ印象が違います。

清楚な印象がある彼女には、やはり白い肌が似合いますね。

(小麦色の肌に水着跡のコントラストがエロい手塚理美さんのヌードは、10代の美少女のときにヌードになった女優たち【画像】をご覧ください。)

手塚理美さんの、まだ少女のあどけなさが残った感じのヌードが、堪らなくエロいです。


かわいい女性や綺麗な女性が、本気でSEXする姿を無修正で。

水沢アキ|杉田かおる|秘蔵ヌードにして写真集を発売

篠山紀信氏がここまで有名になったのは、芸術家の面の他に〈ビジネスマンとしての才能〉があったからでしょう。

酷い話ですが、彼は何と、撮影済みのヌード写真が何かの理由で女優サイドから使用禁止になった場合、篠山紀信氏はネガを自宅に持ち帰り保管、

数年後にその女優が〈落ち目〉になったときに、極秘ヌードが見つかった事にして、今のヌードと「昔のヌード」を一冊の写真集にして発売する方法をよく使うんだとか。

そんな方法で写真集を発売したのが、水沢アキさんと杉田かおるさんのお二人。

水沢アキさんが初ヌードを披露したのは1986年の30歳のとき。

しかし実は、彼女が23歳から24歳時に篠山氏により撮影されたオフショットのヌード写真があり、それを写真集に加えて発売しています。

(おススメ記事ー水沢アキ|23歳と30歳と45歳そして56歳の熟女ヌード画像もどうぞ。)

落ち目になってからヌードになる女優さんがよくいますが、大体の男性が思うのは、

「脱ぐんだったら、もっと早くヌードになっとけよ!おばさんになったアンタの裸なんか見たくないんだよっ!」…ですよね?

篠山紀信氏は、其処をよく分かっていらっしゃる。

女優の全盛期だった頃の未公開ヌードを同時に掲載すれば、落ち目になった彼女らのヌードも注目されますものね。この商売上手!

杉田かおるさんは、7歳のときに出演した人気ドラマ『パパと呼ばないで』のチー坊役でブレイクし〈天才子役〉と呼ばれていました。

その後も『3年B組金八先生』や『池中玄太80キロ』などの人気ドラマに出演し、女優として順調だった彼女でしたが、

やはり、子役からの脱却は難しかったのか、大人になるにつれ仕事が激減してしまいます。

そんな彼女が34歳のときに出版した初写真集『女優ごっこ』には、現在のヌードと彼女が17歳のときに撮影していたヌードを掲載しました。

「今のヌード」と「お蔵入りになっていた昔のヌード」を1冊の写真集にして発売する…。

ちょっとした〈抱き合わせ販売〉みたいな方法ですが、若い頃の未熟なヌードと30過ぎの完熟したヌードを比較して見比べてみる楽しさがありますね。

(熟女になった杉田かおるさんのヌード画像は、40代~50代熟女【画像】熟女芸能人&人妻エロヌードをご覧ください。)

彼女らの他に、石田えりさんの19歳のときの未公開ヌードと36歳で撮影したヌードを合わせた写真集『1979+NOW-「石田えり+篠山紀信」』があります。

(関連記事ー石田えり【熟女ヌード画像】19歳と33歳と56歳のカラダもどうぞ。)

高倉美貴|日活ロマンポルノ史上最も美しい女優

SM小説『花と蛇』の著者で知られる作家・団鬼六をして「日活ロマンポルノ史上最も美しい女優」と言わしめた高倉美貴さん(゛越沢美紀゛名義で撮影)も篠山紀信氏によりヌードにされた女優の一人。

〈越沢美紀〉の芸名でCMや雑誌のグラビアでモデルとして活躍していた彼女ですが、団鬼六氏や『戦場のメリークリスマス』などで知られる映画監督・大島渚氏の説得により、1983年に芸名を〈高倉美貴〉に改め、SMポルノ女優としてデビューします。

石川県金沢市の名家、老舗旅亭のお嬢様とし育ち、清楚で気品に溢れたイメージの彼女が、

緊縛やムチ打ち、ローソク責め、浣腸、脱糞などの大胆演技をしたことが話題になり、高倉美貴さんは〈日活ロマンポルノの歴史になお残す看板女優〉へと成長します。

そんな彼女ですが、元々はポルノ映画の内容に難色を示し出演を拒み続けていましたが、鬼六氏の強引な説得に折れ、「3年間に4作品だけに主演する」ことを条件に契約。

説得はかなり強引だったらしく、きっと現在だったら最近話題の〈AV強要〉で逮捕されるレベルだったんでしょう。

団鬼六氏は彼女に契約終了後も延長を強く求め、高倉美貴さんは1年延長を受け入れたと言います。

ロマンポルノで絶大な人気を誇った高倉美貴さんですが、ロマンポルノ引退後はテレビドラマや一般の映画に出演するも脇役ばかりで、徐々に世間から忘れさられてしまい芸能界を引退。

その後、元・あのねのねの原田伸郎さんと結婚されます。

(おススメ記事ー映画でSMプレイをして感じる女優たち【画像】もどうぞ。)

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